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僕がカワイの授業に出ないワケ(1)

僕は一週間のうち1コマ(1日の間違いではなくて)しかカワイの授業に出ていない。ちなみに、前書いた気もするけど、カワイの授業は一週間で17コマ。比較的得意な地歴や英語はともかく、苦手な数学まで授業をほとんど休み個人塾の方に頼っているのには理由がある。
もちろん結論から言えばカワイ(というか大手予備校全般)の授業がひどすぎるからなんだけど、普段酷い酷いと言っている割にどのように酷いかしっかりと整理できていないことに気が付いたので、きちんと文章にして整理しておこうと思う。多少長いけど、暇なときに読んでもらえると幸いです。

まず大手予備校の授業の欠点として指摘したいのは、講師の質の低さとそれによる科目の体系化という意識の欠如。ここで僕の言う体系化というのは、その科目に取り組むにあたっての土台となるシステムを構築すること。僕の得意な英語を引き合いに出して説明すると、たとえば授業で「There is a consensus that everyone should work」という文章を扱ったとする。そうすると、ほとんどの講師は「ここのthatは同格のthatですから、『~という』という風に訳します」という風にして通り過ぎてしまう。しかしこれは解答を読んでいるだけで、学生のバイトだってできる。例えばthatなら、『文中で単体のthatには関係代名詞と接続詞があり、後ろの文が不完全なら関係代名詞で名詞を修飾し、完全文なら接続詞で名詞に対して同格を導くか、so形容詞thatを受けている』といった形で説明し、thatに出会った時の選択肢と、どのようにしてそれらの選択肢から解答を導き出すかという、解答に至るまでのプロセスを提示して英語を読むにあたってのシステムを生徒が身につける手助けをするべきだ。しかし、自分がどうやって解答を導いてるかもろくにわからずただその科目が得意だというだけで講師になった人達は、雑談ばかり得意で非効率極まりない解答を読む機械と化し、生徒の役に全く立っていない。
大手予備校の体系化の欠如は、講師の質の低さに起因する。これは可能な限り多くの生徒を抱えこむために講師の数を増やし、その質を落とさざるを得ない資本主義の権化、大手予備校が抱える構造的な欠陥だと言える。しかも僕が受けてきたのは東大志望者のクラスだから、質の低下は上層部の講師にまで及んでいると言わざるを得ない。僕を受け持っていたカワイ横浜校の講師達は、解答を配って和訳を読むだけの古文講師や、青チャートにそのまま載ってそうな解答をただ黒板に書くだけの数学講師、自分が作った解答プリントをひたすらなぞり自己満足に終始する英語講師など、錚々たるメンバーだった(もう顔もはっきりと思い出せないけど)。もちろんカワイも一応英語構文の一覧表や数学の基礎公式集などを作ってはいるけど、講師が使っていないので全く意味がない。本来は予備校がこれら各科目の根幹を成すシステムを共通で供給し、問題演習を通じてその活用方法を講師が教え、生徒がシステムを作りあげていくはずだった(のだろうと僕は思う)のに、講師の質の低下により解答がひたすら提示される、参考書となんら変わりない、もしくは時間がかかり退屈という点で参考書よりも有害な授業が展開されている。これはスンダイでも同じ。
講師の見境ない囲い込みに加えて、大手予備校がお金を集めることに夢中で授業の質の向上に無関心な点も講師の質の低下を加速させている。講師の評価は毎学期に実施される生徒対象のアンケートで決定されるが、これは実際の授業の質との関係が薄い。もちろん生徒は授業の質には敏感で、質の高い授業(システム構築が主体にある授業だと僕は考えている)を受けていればきちんとそれが感じとれ、講師の評価は高くなる。しかし一方で、雑談が面白かったり、無駄に熱血だったり生徒思いな(つまり生徒に人気がある)だけでも講師のアンケート評価は高くなる。また、実際にアンケートの評価が良くなくても、より優秀な講師が入ってくることやアンケートの結果がよほど悪くない限り、彼らの職が危ぶまれることはない。そして、これは全くの主観と想像だけど、日本人の生徒はよほど酷くない限りアンケートを悪くは付けない。折角偏差値という指標があるのだから、生徒の伸びを数値化して講師の成績を付けることが当然だし現実的だと思うけど、恐らく成績が(劇的には)上がらないことが明るみになってしまうため、大手予備校は決してやろうとしない。こうして外部(アンケートやカワイ)から現実を突き付けられることもなく、自発的に自己の方針に疑問を持つこともできない講師達は、より良い指導方法を研究することなくその職に甘んじ、日々だらだらと低質な授業を繰り返している。これも間違いなく講師の質の向上を妨げている。
大手予備校が授業の質に無関心でいられるのには、2つ理由がある。まず、そのネームバリューだけで多くの生徒が授業の質に関係なく集まり(去年の僕のこと)他の塾を母数で圧倒しているため、質が悪くてもそれなりに合格者数を稼ぐことができ、合格者数(もしくは大学合格者の中に占める割合)だけ強調して合格率を出さなければその実績を疑われにくいこと。予備校に通い始めた段階から合格のために必要な受験方法を確信している生徒は当然ながら少数のため、一見質の悪い授業でもこれを「あの大手予備校が提供するんだから」という理由で正当化し、不合格して初めてその質の悪さを結論づけるということも有り得、この点でも質の悪さが明るみになることがない。
次に、予備校は不合格した生徒の大部分を浪人生として抱え込むことみさらなる搾取が期待できること。中学受験や高校受験と違い、大学受験は浪人というシステムがある。たとえその年に生徒が不合格だったとしても、浪人生として抱え込んでしまえば次の年の実績として利用できるし、お金も儲かる。つまり大手予備校には生徒たちをある期間内に合格させなければならないという制約がなく、短期間で飛躍的に成績を伸ばすために授業の質の向上を図る必要がない。たとえ授業の質が悪くても、浪人生は涙ぐましい努力をして成績をこつこつと上昇させるため、塾全体の合格者数が劇的に下がることがないからだ。
結局、生徒から金を巻き上げることに特化したものが大手予備校である以上、その授業の質が下がることは構造的に防げない。商売である以上これを悪いというつもりはないけど、このように露骨に「資金が集まってくる以上生徒は合格しなくても良い」というスタンスをとりながら、「みんなを合格させてあげよう!」「僕たちが君たちを合格に導いたんだよ!」などとのたまう大手予備校が僕は好きになれない。量≧質というスタンスで得をするの彼らだけであって、生徒側にはなんの利益もない。

続きます。
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